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短信:痛み伴っても劇的に減らす 「8割おじさん」西浦博教授、覚悟の発信

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 「接触を八割減らせば、一カ月で新規感染者を大きく減らせる」―。新型コロナウイルス感染症は先行きが見通せない中、多くの国民がこの予測に基づいて自粛を続けている。数字を導き出した専門家は「科学者の役割を超えて政策決定に立ち入っている」との思いを抱えながら、発信を続ける。

 

 ●数学を駆使

 

 「理論疫学」という聞きなれない分野の第一人者は、一カ月ほどの間に「八割おじさん」と呼ばれる国民的有名人になった。政府の新型ウィルス対策専門家会議メンバー、北海道大の西浦博教授だ。医師でありながら研究には数学を駆使。感染者の増減を予測する。

 

 予測はこんな具合だ。十万人の人がいる場所に、たった一人の感染者が入ってくる。するとその人の周囲に、じわじわ感染者が増えていく。やがてたくさんの人が感染するが、回復する人も出てくる。

 

 この「未感染者」→「感染者」、「感染者」→「回復者」の人数の時間による変化は、微分方程式という数式で表すことができる。

 

 ●政治動かす

 

 

 感染症によっておこる感染者数などの変化を数式で表現する「数理モデル化」が西浦さんの専門だ。

 

 この数式を新型コロナウイルスの特徴に合わせた形にして計算すると、時間とともに感染者数がどう増減するかをグラフに描ける。

 

 特徴の重要な要素が、一人の感染者が何人に移すかを表す「基本再生産数」だ。

西浦さんは、ヨーロッパの感染状況から再生産数を二・五と見積もった。

 

 一人が二・五人にうつす状態が続けば「倍々ゲーム」以上の速さで感染者が増える。この二・五が二割減っただけでは増加はほとんど変わらないが六割減ると増加が止まり、、八割減れば感染者は急減する。

 

 このモデルをもとに描いたグラフを四月四日にツイッターで公表。「段階的な自粛ではなく、多少痛みは伴っても、早く劇的に接触を減らさないといけない」と訴えた。三日後には八割減実現のため、政府は緊急事態宣言を出した。

 

 十五日には、メディア向けに開いた勉強会で、数理モデルで計算すると、何も対策をしなければ国内で四十二万人が死亡するとの推計も公表。翌日の夜、政府は緊急事態宣言を全国に拡大することを決定した。

 

 ●先駆者の苦悩

 

 科学技術振興機構(JST)のホームページのインタビュー記事によれば、西浦さんは医学生時代に非政府組織(NGO)活動に参加。途上国でのポリオの必要な予防接種率の算定に数式が用いられていることに触れて興味を持った。日本には数理モデルの専門家がいなかったためロンドンに渡り、十年間、世界の第一人者の下で学んだという。

 

 西浦さん自身「医学系の学会では、数式が出るたび聴衆はどんどん離れていく」と認めるように、数式を駆使できる感染症の専門家は多くない。経験や勘に頼る部分が大きかった感染症予測で明確な数字を提示する西浦さんは、専門家会議で日に日に存在感を増し、政府決定にも大きな影響を持つようになる。

 

 影響の大きさゆえ「何も対策をしないというあり得ない前提の数字を発表して不安をあおっている」「再生産数二・五は国内の現実とかけ離れて高すぎ、試算はおかしい」などと批判も寄せられる。

 

 西浦さんは厚生労働省の記者クラブで、記者らに自らの数理モデルを解説する「意見交換会」を四月十五日から始めた。その場で「多くの人の命が失われるのに、大きく政策が変わらないことに苦悩があった」と、予測を公表した思いを語った。「数式でけむに巻かないように、皆さんと情報を共有していきたい」と、自らの計算を広く理解してもらいたいとの思いも語った。

(東京新聞 5/2)