- 鉄馬とスパイスと鬼城 -
毎週、単身赴任先の佐賀から自宅のある大分へ帰省しています。移動手段は、冬場であっても雨でなければkawasakiエリミネーターEL400A。中型バイクによる片道200kmの中距離ツーリングです。
主なルートは阿蘇大観峰越えや滝室坂のある国道57号、福岡経由~由布院~別府とつながる210号など様々ですが、日中に走る際は菊陽町のTSMC(JASM)そばを通るルートを好んで選びます。途中にあるお気に入りの「香辛喫茶ライオンカレー」の開店時間に合わせるためです。
さて先日、半日有給休暇を利用してこのルートを通った際、道沿いのマンションに空き部屋広告が目立っていることにあらためて気づきました。TSMCの進出当初、周辺はマンションやホテルの建設ラッシュに沸いていたはずなので、少し意外に思いました。
気になって調べてみると、どうやらTSMCの拡張工事が停滞している様子。その理由は、当初「周辺道路の渋滞悪化解消」と説明されていましたが、ネット上では「建設業界の人手不足」や「米国への投資優先」など、様々な憶測が飛び交っていました。
そんな中、2026年2月5日に魏哲家会長兼CEOが首相官邸で高市早苗首相と会談し、「第2工場で3nm(ナノメートル)の先端半導体を量産する計画」を説明したというニュースが報じられました。
なるほど、この技術的な「衣替え」を待っていたのかと合点がいきました。3nmという最新鋭の計画であれば、今後工事も本格化し、再び周辺が活気づくはずです。しかし、この活況への期待の裏で、ふと、地域経済がたった一社の巨大企業に依存することの危うさに不安を感じます。
私の向かう大分県の某市は、かつて「九州のシリコンアイランド」の一翼を担い、ソニーや東芝といった世界的企業の工場とともに発展しました。しかし、撤退や規模縮小が進んだ現在、街の景色は一変しています。かつて社員で溢れていたアパート群は、今や借り手がいなくなり、家賃が月1万円台にまで暴落した物件があちこちに点在しています。
今の菊陽町に並ぶ新しいマンション群を見ていると、どうしてもあの静まり返った町の光景が重なってしまうのです。巨大な工場がもたらす恩恵は大きい反面、それが失われた時の反動もまた、あまりに酷なものであることを想起させます。
マンションの空き部屋広告は、そんな過熱した期待に対する小さな「警告灯」なのかもしれません。地下水問題や土地高騰などの問題もあるにせよ、TSMCの次なる一手で再び活気づくのか、あるいは過去の例と同じ道を辿るのか。
そんなことを考えながら、私は再びバイクにまたがり、最新鋭の半導体工場を背にミルクロードの冷たい風を切り裂き、馴染み深い大分の山々を越えて自宅へ向かいます。
冷えた体にライオンカレーのスパイスの余韻を感じながら、鉄馬とともにゆく200km。企業の進出や撤退で目まぐるしく変わる沿道の風景を、未来への入り口か歴史の一部となるのか、勝手ながら第三者として堪能しつつ今週も凍えながら暖かい自宅を目指したいと思います。
<抱一>