歩行障害や認知症と間違われる“治療できる病気”をAIが高精度に判別
国立精神・神経医療研究センターによると、iNPH(特発性正常圧水頭症)とは、歩行障害、認知機能低下、尿失禁の3つの症状を特徴とする、高齢者に多い病気である。頭蓋内の脳脊髄液のバランスが悪くなることで脳を圧迫し、正常な脳の働きを妨げることで症状が生じると考えられている。日本では現在、高齢者人口の約20%、約700万人が認知症であると推計され、介護の負担も鑑みると社会的な課題となっている。その中で、iNPHは認知症患者数の約5%を占め、現在約37万人以上いることが分かっている。これはパーキンソン病の約2倍にあたる数であり、決して無視できる患者数ではない。iNPHは「治療で改善できる認知症」として知られているが、他の認知症や神経疾患と症状が似ており、典型的な画像所見が出にくいケースもあるために診断が難しく、見逃されることも少なくない。MRI 画像にはiNPHに特徴的な変化が見られることが知られているが、その判断には医師の経験が大きく影響してしまう。その結果、本来であれば治療で改善が期待できた患者が診断に至らず、生活の質が低下してしまうケースが全国で問題となっている。
兵庫県立大学先端医療工学研究所と兵庫県立はりま姫路総合医療センター(はり姫)の共同研究グループは、脳MRI画像からiNPHを高精度に見つけ出す新しい画像解析技術を開発した。この技術を用いることで、MRI画像で抽出される脳の形の変化をAIが総合的に読み取り、iNPHの特徴を自動的に識別することが可能となる。
118名のMRI画像を用いて、画像に含まれる脳全体の形や病気に関連する領域を学習したAIの性能を検証した結果、診断精度は98.3%となり、判別能力を表すAUC(鑑別能力の指標:1.0 に近いほど「正しく見分けられる」ことを示す)は1.00という極めて高い値を示した。特に重要なのは、治療によって改善が期待できる iNPH を確実に捉え、治療の機会を逃さないための性能が非常に高い点である。この技術によって、これまで診断が難しかった患者にも適切な治療の機会が提供される可能性が広がる。また、MRI 画像のみで判定できるため、患者に新たな負担を与えることなく既存の医療体制に導入できる点も大きな利点となる。
今後の展望として、本研究で開発された技術は、治療可能な病気を見逃さないための診断支援として高い有用性が期待される。これからは、より多くの医療機関と連携し、多施設での検証や医療現場での実証を進め、診断支援ソフトウェア(SaMD)として運用できる体制を整えていくことが課題となる。そして、この技術の普及により、治療ができる患者が適切な医療につながり、歩行や生活機能を取り戻すことにつながると期待されると共に、歩行障害や認知症といった高齢者医療の大きな課題に対して、他の神経疾患への応用も進めていく。本研究の成果は、2025 年 11 月 18 日に国際学術誌 International Journal of Computer Assisted Radiology and Surgery(IJCARS) に掲載された
歩行障害や認知症と間違われる“治療できる病気”をAIが高精度に判別
—MRI画像から正常圧水頭症(iNPH)を自動判別し、治療の機会を逃さない新技術— | 兵庫県立大学