DNA修復欠損がんを選択的に殺傷する手法を開発
ミスマッチ修復(mismatch repair: MMR)は、細胞の増殖に必須なDNA複製の際に生じる塩基対の不一致を修復する役割を担っており、ゲノムの安定性を維持するために重要なDNA修復機構である。MMRは「発見」と「処理」の二段階で機能するが、その際に重要な役割を果たしているMSH2、MSH6、MLH1、PMS2などの遺伝子の異常によってMMRの機能が失われると、ゲノム中に変異が蓄積し、発がんへとつながる。このMMR欠損によって発生するがんは臓器横断的に認められ、大腸がん(特にリンチ症候群関連)をはじめ、子宮体がん、胃がん、卵巣がん、前立腺がんなど特定の臓器に限定されず、全悪性腫瘍の10%以上を占めるとされている。MMR欠損は臨床的にも重要なバイオマーカーとして注目されており、その結果生じるゲノム異常や変異蓄積を標的とした治療法はいくつか知られているが、MMR欠損そのものを直接利用する治療戦略は開発されていなかった。
横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 分子生物学研究室の足立典隆教授と斎藤慎太助教、新井宇沙姫さん(博士後期課程1年)らの研究グループは、横浜市立大学附属病院がんゲノム診断科の加藤真吾准教授、同脳神経外科の立石健祐准教授らと共同で、MMR欠損がん細胞のみを選択的に殺傷するシステムの開発に成功した。
研究グループは、「一本鎖アニーリング(SSA)」と呼ばれるDNA組換え反応がMMRによって抑制されるという基礎的知見に着目し、この仕組みを利用してSSA反応が起こった場合にのみ不完全な遺伝子断片から正常な遺伝子が生成される人工DNAを設計した。この人工DNAを細胞に導入すると、SSA反応によってジフテリア毒素A断片(DT-A)遺伝子が生成された場合にのみ毒性タンパク質の発現が起こり、細胞死が誘導される。正常なMMR機能をもつ細胞ではSSA反応が抑制されるため、毒性タンパク質の発現は低く抑えることが可能となる。実際に、さまざまなヒトがん細胞を用いた実験により、MMR欠損細胞で顕著に細胞死が誘導されること、また、MMR機能を回復させた細胞では毒性が著しく低下することが確認され、このシステムががん種に依存しない手法であることが示された。さらに研究グループは、マウスの異種移植腫瘍モデルにおいて、MMR欠損依存的に腫瘍増殖抑制が認められることも確認した。
今回の研究成果は、ヒト細胞が持つDNA修復機構の違いそのものを利用してがん細胞を狙い撃ちにするという、全く新しい概念に基づいている。MMR欠損は多くのがんに共通してみられる特徴であり、本技術は臓器横断的に適用可能ながん治療法となる可能性がある。今後は、実際の患者さんに届けるための臨床応用に向けた研究がさらに進められていく予定である。
本研究成果は、米国遺伝子細胞治療学会の学術誌「Molecular Therapy Nucleic Acids」に掲載された。(2026年2月5日オンライン公開)
DNA修復欠損がんを選択的に殺傷する手法を開発 —Molecular Therapy Nucleic Acidsに掲載— | YCU Research Portal