「お尻から呼吸する」腸換気法の安全性をヒトで実証
日本集中治療医学会によると、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)とは様々な原因によって息が苦しくなる病気のことを指す。ARDSの原因として,肺炎や敗血症という感染症によるものが多いといわれているが、ほかにも大きなケガや火傷など様々な原因で起こることが知られている。感染や大きなケガ、手術などの要因により酸素を体内に取り込む上で重要な肺の毛細血管に炎症が起こり、この炎症により,肺に体液が漏れ出して肺が水浸しになって体内に酸素を十分に取り込めなくなってしまう。ARDSを含むこれらの重症呼吸不全は肺でのガス交換機能が失われ、致死率は40%に至るほどの病態である。現在は、人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)が標準治療として用いられているが、肺へのさらなる負担や合併症のリスクを伴うことが課題となっている。そのため、肺を休ませながら全身に酸素を供給できる、まったく新しい治療法の開発が世界的に待望されてきた。
東京科学⼤学(Science Tokyo)総合研究院 ヒト⽣物学研究ユニットの武部貴則教授(⼤阪⼤学⼤学院医学系研究科教授/同ヒューマン・メタバース疾患研究拠点 副拠点⻑)、名古屋⼤学医学部附属病院 ⿇酔科の藤井祐准教授らの研究チームは、腸換気法(肺以外の消化管(本研究では⼤腸)を介して、体内に酸素を取り込む換気法)に用いる液体「パーフルオロデカリン(Perfluoro decalin, PFD)(酸素を非常に多く溶かすことができるフッ素系の液体)」の単回経肛門投与が、ヒトにおいて安全で忍容性が良好であることを、世界で初めて実施された臨床第1相試験(First-in-Human試験)により明らかにした。
研究チームは、一部の水生生物が持つ「腸呼吸」の能力を模倣し、哺乳類においても腸を介して酸素を供給する「腸換気法」が可能であることを、動物モデルを用いてこれまでに報告してきたが、この革新的な治療法をヒトに応用するためには、まず健康なヒトにおける安全性と忍容性を厳密に評価することが不可欠なステップだった。本研究は、20~45歳の健康な成人男性27名を対象に、非酸素化PFDを25mLから1500mLまで段階的に増量して投与する形で実施された。その結果、重篤な有害事象や投与量を制限するような毒性は一切認められなかった。高用量群では腹部膨満感や腹痛、便意といった軽微な有害事象が報告されたが、いずれも一過性であり、特別な処置を要さず自然に回復した。また、投与後の血液検査では、肝機能・腎機能を含むすべての項目で異常は認められず、血液中からPFDは検出されなかった。これらの結果は、PFDが体内に吸収されることなく腸内で安全に機能することを示唆している。
本試験の成功は、これまで動物実験段階にとどまっていた「お尻から呼吸する」という革新的な医療コンセプトの、ヒトへの臨床応用に大きく道を開くものである。今回確立された安全性の基盤をもとに、今後は酸素を豊富に含んだPFDを用いて、重症呼吸不全患者を対象とした治療効果の検証に進むことが可能となる。
本研究成果は、10月20日付(米国東部時間)の学術誌「Med」誌に掲載された。
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