ノンコーディングRNAとてんかん発症に関する研究
小児期に発症する脳発達障害や精神疾患の理解は、国民の健康と生活の質に大きな影響を与える社会的課題であり、その発症機序の理解に立脚した治療法の確立が強く求められている。厚生労働省によると、てんかんとは、「てんかん発作」を繰り返し起こす状態である。「てんかん発作」は、脳にある神経細胞の異常な電気活動により引き起こされる発作のことで、突発的に運動神経、感覚神経、自律神経、意識、高次脳機能などの神経系が異常に活動することで症状が現れる。世界では6,500万人、日本では約100万人が患っているとされる。なかでも、全てんかんの5-10%を占めているとされるJuvenile Myoclonic Epilepsy (JME-若年性ミオクロニーてんかん) は、主に思春期頃に発症し、ミオクロニー発作、強直間代発作、欠神発作といった症状が見られる。しかし、ヒトと同様にJMEを発症する動物としては、イヌでの報告が散見される程度であり、その他の動物においては発症報告が殆どない。即ち、JMEを含むてんかんはヒト特有の疾患であり、その発症にはヒトの発達期に特異的な分子メカニズムが広く関与することが想定できる。そのため、ヒト脳の発達に特有な遺伝子や細胞などの原因物質を突き止めて整理することが、ヒト疾患治療に資する新たな動物モデルの開発・高度化の鍵を握ると考えられる。
ヒトのてんかんの仕組みを解明するため、広島大学の西田壮汰大学院生(研究当時 統合生命科学研究科博士課程前期2年)と大学院統合生命科学研究科 今村拓也教授らは、タンパク質を作らずに働く「ノンコーディングRNA(ncRNA)」に着目した。本研究では、ヒト特有のncRNA「pancEFHC1」が、てんかん抑制遺伝子EFHC1の働きを活性化することが発見されると共に、EFHC1が神経幹細胞で細胞内ストレスや炎症を抑えながら増殖を促進していることを明らかにした。これらの結果から、ノンコーディングRNAやEFHC1の働きが低下すると神経幹細胞の増殖が低下することが分かり、てんかん発症との関連が示唆された。具体的には、ヒトとマウスの比較解析により、遺伝子のスイッチであるプロモーター領域において、ヒト特有のノンコーディングRNA「pancEFHC1」が発見された。このRNAは、てんかんの制御遺伝子として知られる「EFHC1」の働きを強力に活性化している。このヒト特有の制御システムが働かなくなると、細胞内でタンパク質を管理する小胞体にストレスが生じ、細胞内の炎症反応であるp38MAPキナーゼシグナルが活性化される。その結果、脳のもととなる神経幹細胞の継続的な増殖が妨げられ、てんかんの発症につながるとされている。さらに、この状態の細胞に小胞体ストレス緩和剤や炎症シグナル阻害剤を投与することで、正常なヒト神経幹細胞の状態へ回復させることにも成功した。
本成果は、ヒト特有の分子メカニズムが脳の発達や疾患に関与することを示すとともに、この仕組みを標的としたてんかん等の脳疾患治療の可能性を開いた。今後は、ゲノム編集技術を用いたモデルマウスの開発や、ヒトiPS細胞から作製した「脳オルガノイド(ミニブレイン)」による病態モデルの構築を進め、てんかん等の脳疾患に対する新たな治療候補薬の探索や評価へ繋げていく方針である。
本研究成果は、2026年8月21日に国際学術誌「Stem Cell Reports」に掲載された。
【研究成果】脳をつくる細胞を増やすヒト特有のRNAの働きが明らかに ~てんかん発症の仕組み解明につながる可能性~ | 広島大学