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ホテルリネン業界のつぶやき

2026年06月15日

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 - チーズの穴がそろう日 -
ハインリッヒの法則と、スイスチーズモデル

 

 

 仕事中に「危なかった」と思った瞬間を、思い出してみてください。台車にぶつかりそうになった。荷物を落としかけた。バックで車を出すときにヒヤッとした。大抵は何も起きずに終わり、報告もせず、その日のうちに忘れてしまいます。

 ところが大きな事故は、この「『大抵』忘れてしまった小さなヒヤリ」の延長で起きます。事故が起きると、人はよく「突然だった」「運が悪かった」と言います。でも、本当に突然ということは、あまりありません。なぜそう言えるのか。安全の世界でよく知られた二つの考え方を並べると、はっきり見えてきます。

 

一つめ:ハインリッヒの法則

 今から九十年以上前、アメリカの保険会社で安全を調べていたハインリッヒという技師が、五千件を超える労働災害の記録から、ある数字を出しました。重い事故が1件起きるとき、その裏には、軽いケガが29件、そして「ケガはしなかったけれどヒヤッとした」出来事が300件ある、というものです。「1対29対300」とも呼ばれます。

 大事なのは、この300が、1の大事故と地続きだということです。別々の出来事ではありません。同じ危なさから生まれていて、たまたま今回は何も起きなかっただけです。たとえば、床で滑りかけた、台車の角に体をぶつけそうになった、混ざりかけた異物に寸前で気づいた、といったことです。どれも「結局は何も起きなかった」で流れていきます。でも、その一つひとつが、大きな事故と原因を持っています。

 ここに、やっかいな落とし穴があります。何も起きなかったからこそ、私たちはそれを忘れます。「危なかったけど、大丈夫だった」で終わらせてしまうのです。せっかくの予告を、自分から捨てているわけです。本当は、その300こそが、これから起きる事故の予告です。しかも、お金も時間もかからない、一番安い予告です。

※この「1対29対300」という数字そのものは、昔のアメリカの現場を調べた数字で、どんな職場でもこの割合になるわけではありません。大事なのは正確な数ではなく、「大きな事故の下に、小さなヒヤリが山のように積もっている」という形の方です。

 

二つめ:スイスチーズモデル

 もう一つが「スイスチーズモデル」です。穴あきのスイスチーズを思い浮かべてください。この一枚を、「一つの安全対策」だと考えます。そして、チーズの穴は「その対策のすき間」です。どんな対策にも、必ず穴があります。ルールを決めても、守られないことがあります。機械を付けても、壊れることがあります。表示を貼っても、急いでいて目に入らないことがあります。完璧な対策は、残念ながらありません。どこかに必ず、穴が残ります。

 では、どうするか。穴の位置がちがうチーズを、何枚も重ねるのです。一枚目に穴があっても、その先は二枚目が止めます。二枚目に穴があっても、三枚目があります。こうして重ねておけば、危険は途中のどこかで止まります。ふだん事故が起きないのは、運がいいからではありません。気づかないうちに、何枚もの対策が穴をカバーしているからです。

 事故が起きるのは、その穴が、運悪く一直線にそろってしまった日です。一枚目の穴と、二枚目の穴と、三枚目の穴が、たまたま同じ場所に並びます。すると、まっすぐなトンネルができて、危険が向こうまで通り抜けます。この考え方は、英国の心理学者ジェームズ・リーズンが示したもので、今では医療や航空の現場でも広く使われています。

 

二つを重ねると、見えてくること

 この二つは、縦と横の関係になっています。ハインリッヒは「大きな事故の下に、小さなヒヤリが何百と積もっている」という、縦の話です。スイスチーズは「事故が起きた日は、いくつもの対策の穴がそろっていた」という、横の話です。片方だけでは半分しか見えませんが、合わせると、やるべきことがはっきりします。

 

やることは、二つです。

 一つは、穴を一つずつふさぐこと。これは、300の小さなヒヤリに気づいて、その場で直すことそのものです。ヒヤッとしたということは、もうどこか一枚に、穴が空いているという合図です。放っておけば、その穴は、次にそろう日を待つだけです。

 もう一つは、対策を一枚に頼らないこと。「これさえやっておけば大丈夫」と一枚を信じきると、その一枚に穴があいた日に、すべてが通り抜けます。だから、視点の異なる対策を、何枚も重ねておきます。

 

工場の場合

 洗い場の床で滑る事故を、例に考えてみます。一枚目の対策は、滑り止めマットだとしましょう。でも、そのマットがすり減っていたら、そこが穴になります。マットの上で一度ヒヤッと滑りかけたなら、それは「一枚目の対策に穴があいている」というサインであり、これがハインリッヒの言う、300のうちの一つです。ここで「危なかったけど転ばなかったから、まあいいか」で終わると、穴は開いたまま残ります。そうではなく、二枚目として「足元注意」の表示を出します。三枚目として、朝礼で「あの床は今すべりやすい」と一声かけます。こうして重ねておけば、マットがすり減っていても、別の一枚が滑りを止めます。マットそのものについての検討も始まるでしょう。

 

配送の場合

 バックで車を出す場面も、同じです。一枚目はミラーの確認。二枚目はバックモニター。三枚目は誘導者の合図。四枚目は徐行。どれにも穴があります。「もう誰もいないはず」という思い込み。モニターに映らない死角。誘導者がいない日。急いでいて、つい速く下がってしまうこと。「ミラーを見たから大丈夫」と、一枚に頼ると、その一枚に穴があいた日に、すり抜けます。もし過去に「バックでヒヤッとした」ことがあったなら、それはもう、どこかに穴があるという合図だったはずです。一枚に頼らず、ミラーも、モニターも、誘導も、徐行も重ねます。そうすれば、一つの穴は、別の対策がふさぎます。

 

おわりに

 二つの話は、むずかしくありません。大きな事故は、小さなヒヤリの山の上に乗っています。そして、いくつもの対策の穴がそろった日に、すり抜けてきます。それだけのことです。だから、やることもシンプルです。一つは、小さなヒヤリを見つけて報告し、その穴をふさぐことです。もう一つは、安全策を一枚で安心せず、何枚も重ねておくことです。この二つを続けていれば、穴が一直線にそろう日は、どんどん先へ遠ざかっていきます。

 「危なかった」で終わらせるか、一言だけ書き残して、もう一枚チーズを足すか。その小さな差が、半年後、一年後の事故の数を変えます。

 

<抱一>

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